古典を読むための解釈サロン

古典文学における色彩の象徴性:複数の作品から読み解くその機能と解釈

Tags: 古典文学, 色彩, 象徴, 解釈, 物語論

はじめに:古典文学における色彩表現の深み

古典文学作品を読み解く際に、物語の筋や人物の心情、時代背景などに注目することは重要ですが、しばしば見過ごされがちな要素として「色彩表現」があります。草木の色、衣の色、空の色、光の色など、作品世界は多様な色彩に満ちています。これらの色彩は、単に視覚的な描写として機能するだけでなく、登場人物の身分や心理、作品世界の雰囲気、さらには象徴的な意味合いを帯びて、物語や歌の理解に不可欠な役割を果たしていることがあります。

本稿では、日本の古典文学作品に表れる色彩表現に焦点を当て、それが持つ多様な象徴性や機能について、複数の作品例を挙げながら考察いたします。色彩がどのように物語や人物像を彩り、読者の解釈を導くのか、その奥深さを探ってまいります。

色彩と身分・権力:制度と象徴

古典、特に中古文学における色彩は、社会的な制度や序列と深く結びついていました。代表的なものが、飛鳥時代に定められた冠位十二階に始まる「位階による服装の色分け」です。これは時代や制度によって変化しますが、特定の位階の者だけが着用を許される色が定められていました。

例えば、『源氏物語』には、登場人物の装束の色がその身分や置かれた状況を示す重要な手掛かりとしてしばしば描かれます。高貴な人物の禁色(着用を禁じられた色)や聴色(許可なくしては着用できない色)に対する意識は高く、衣装の色合いは単なる趣味嗜好を超え、その人物の政治的な立場や格式を雄弁に物語ります。葵の上や六条御息所の装束の色、光源氏の位階の上昇に伴う装束の変化などは、単なる描写ではなく、人物の描写や物語の展開と密接に関わっています。

「紫のゆかり」という言葉は、源氏物語において、光源氏が藤壺の宮を慕い、その面影を求めて紫の上を見出した故事に基づいています。この「紫」という色は、高貴さや神秘性を象徴すると同時に、光源氏と藤壺の宮の秘められた関係性を示唆する色として重要な意味を持っています。単に色として存在するのではなく、血縁、愛情、そして運命的な繋がりを示すメタファーとして機能しているのです。

色彩と感情・心理:内面の投影

色彩はまた、人物の感情や心理状態、あるいは作品全体の雰囲気や情調を表すためにも効果的に用いられます。『枕草子』の「清げなるもの」の段で、清少納言は白いものや色の薄いものを挙げて清らかさを表現しています。また、和歌においては、特定の色彩が季節感や心情と結びついて詠まれることが一般的です。

例えば、歌における「赤」や「紅」は情熱、恋愛感情、あるいは燃えるような情景と結びつけられやすく、「白」は純粋、潔白、あるいは雪や霜といった冷たく清らかなイメージと結びつきます。「黒」は闇、悲しみ、あるいは深い思慮を表すことがあります。「青」や「緑」は草木の生命力、青春、あるいは未熟さを示すこともあります。

これらの色の持つイメージは固定的ではなく、前後の文脈や修飾語、さらには作者の個人的な感性や文化的な背景によってその意味合いは変化し、多層的な解釈を可能にします。ある歌で詠まれた「紅葉」の色は、単に季節の移ろいを表現するだけでなく、過ぎ去った恋への情熱や追憶といった複雑な感情を暗示している場合があります。

色彩と自然・季節:移ろいと象徴

古典文学において、自然は常に重要なモティーフであり、その描写には色彩が不可欠です。四季折々の自然の色は、時間の経過や場の雰囲気、あるいは人物の心情と重ね合わせて描かれます。『万葉集』や『古今和歌集』の歌は、春の桜の薄紅色、夏の緑、秋の紅葉の赤や黄色、冬の雪の白といった具体的な色彩を通して、豊かな自然描写を展開し、それが人間の営みや感情とどのように結びついているかを示しています。

物語文学においても、色彩豊かな自然描写は欠かせません。『源氏物語』では、登場人物が暮らす邸宅の庭の植栽の色が、彼らの置かれた状況や心情を反映しているかのように描かれることがあります。桜の季節の華やかさ、藤の花の優美さ、紅葉の季節の侘しさなど、色彩は自然の移ろいを表現すると同時に、物語の情景を深く印象付けます。

色彩と神秘・象徴:非日常と異界

色彩はまた、現実離れした世界や神秘的な出来事を表現するためにも用いられます。説話文学に見られる異常な出来事や異界への訪問において、日常とは異なる特別な色彩が用いられることで、その世界の異質性や神聖さが強調されることがあります。

例えば、神仏や異形の存在の描写において、現実には存在しないような鮮やかな色や、特定の象徴的な色(例:仏像や仏画における金色、青色、赤色など)が用いられることで、その存在の超常性や神秘性が示されます。夢の中の光景や予兆を表す色彩も、現実とは異なる位相を示すものとして重要な役割を果たします。

解釈の多様性に向けて

古典文学における色彩表現は、このように多様な機能と象徴性を持ち合わせています。これらの色彩を読み解く際には、単に現代的な色のイメージに留まらず、当時の文化、社会制度、信仰、美意識といった背景知識を踏まえることが不可欠です。さらに、同じ色彩でも作品や文脈によってその意味合いは変化しうるため、一義的な解釈に固執せず、多角的な視点から考察することが求められます。

ある色彩が特定の感情や身分を示す通説的な意味合いを持つ一方で、ある作品ではその通説を覆すかのような用法がなされているかもしれません。あるいは、当時の読者にとっては当たり前の知識であった色彩の象徴性が、現代の我々には見えにくくなっている可能性もあります。文献研究に加え、美術史や文化人類学など異分野からの視点を取り入れることも、色彩表現の深い理解につながるでしょう。

古典文学における色彩は、作品世界の豊かさを形作る重要な要素であり、その解釈は尽きることのない探求の対象となります。どのような色彩表現に気づき、そこからどのような意味を読み取るかは、読者一人ひとりの感性や知識、そして探求する視点によって異なります。

おわりに

本稿では、古典文学における色彩の象徴性と機能について概観いたしました。色彩は、身分や権力、感情や心理、自然の移ろい、そして神秘的な要素まで、多岐にわたる意味を作品世界に付与しています。これらの色彩表現に注意深く目を凝らすことは、作品の新たな側面に気づき、より深い理解へと繋がる一歩となります。

古典文学作品を手に取る際に、意識的に色彩表現に着目し、それが何を意味しているのか、なぜその色が選ばれているのかを考えてみてはいかがでしょうか。きっと、今までとは異なる作品世界が見えてくることと思います。このテーマについて、皆様がどのような作品のどのような色彩表現に注目されているか、また、そこからどのような解釈を導き出されているか、コミュニティ内で活発な議論が深まることを期待しております。